ブログの文章はクオリティよりリアリティ

「ブログが書けません。どうしたらいいですか?」
という相談を受けることがあります。

自分から情報を発信する意義や重要性については理解しているものの、いざブログを書こうとすると何を書いたらいいかわからない。そういう方はとても多いです。

私はブログが書けない理由は2パターンあると思います。

ひとつは「ネタを見つけるアンテナ感度が低い」こと。
もうひとつは「文章のクオリティにこだわりすぎてしまっている」こと。

今回は後者の「文章のクオリティにこだわりすぎている」について、私が思っていることを書いてみたいと思います。

まず、結論からいってしまうと、ブログの文章にクオリティは必要ありません。読み手に書き手の主張が伝われば十分です。
文章のクオリティを意識することは、本来の文章が持っている「リアリティ」を損なってしまう危険性があり、オススメできません。

とはいえ、私もブログを始めたばかりの頃は、バカだと思われたくなくて一生懸命に文章を書いていた時期がありました。1記事書くのに平気で数時間。下手をすれば半日ぐらいかかっていたのではないかと思います。

しかし悲しいかな、満足な読書経験がなく「良い文章」にふれた経験のない私が、どんなに頑張っても良い文章が書けるはずがありません。良い文章を書きたくても、土台となる知識がまったくないのです。考え方を改めるしかありませんでした。

1記事書くのに半日もかかってしまっては継続は難しい。
良い文章の土台となる知識が乏しい事実も変えられない。

悩んだ末、私は気がつきました。
そもそもブログの閲覧者がネットに求めるのは「良い文章」ではなく「情報」のはず。文章の上手い下手よりも、閲覧者の知りたい情報が過不足なく掲載されていることが大事ではなかろうかと。

そう考えた私は、さっそくブログで仮説を実践することにしました。
文章の良し悪しを気にせず、閲覧者にとって必要な情報を掲載することをひたすら考え、文章を書き殴りました。

するとどうでしょう、ブログのPVが面白いように上がっていきます。
文章のクオリティを気にして半日かけた書いた記事より、短時間で書いた記事で成果がではじめたのです。

調子にのった私は、最終的に1記事10〜20分くらいで書けるまで文章の書き方を洗練し、そのブログは最大で月間440万PVという驚異的な成果を収めるにいたりました。

今でもそのブログでは推敲をしていません。なので誤字脱字は当たり前、同じ文末表現が連続するなど、文章的な誤りは日常茶飯事です。けれど、今も継続的に成果を出し続けてくれています。

この話からわかるように、ネットで文章を見る閲覧者は、文章の上手い下手などまったく気にしていません。自分の知りたいことが書いてあるかどうか、それが読者の一番の関心事なのです。

さらに、文章のクオリティにこだわらず、思ったこと感じたことを率直に書き殴った文章には、「クオリティ」の代わりに「リアリティ」が宿るというメリットがあります。

しっかりとした論理構造と、丁寧に選ばれた言葉づかいで構成されたクオリティの高い文章は、よく悪くも「公式感」のようなビジネス臭がしてしまうのです。これは文章だけでなく写真にもいえることです。

例えば商品のレビューを考えてみてください。

①「これマジすげぇ!超便利!神商品!」

②「これのない生活には戻れないと思ってます。作ったメーカーさんは神様だと思っています」

③「これは他に類をみない利便性のある、画期的かつ革命的な商品です」

どれが商品の魅力が伝わってくる文章だったでしょう。

①②は、語彙や文章表現という意味では厳しいのかもしれませんが、文章にリアリティがあって商品の魅力が伝わってきますよね。
しかし③の文章は、文章としてのクオリティを意識するあまりリアリティがなく、のっぺらしている印象です。商品に興味をひかれないと思いませんか?


まとめると、ブログで情報発信するための文章は、文章表現の巧みな「クオリティの高い記事」を書く必要はありません。
クオリティを過剰に意識すると文章を書けなくなるばかりか、自分の文章が本来もっているリアリティを殺すことになってしまいます。

「ブログはリアリティ」とわりきって、気楽に書くところから始めてみましょう。