「より良く」から「必要」へ

あけましておめでとうございます。

お正月休みが終わり、今日から仕事はじめ。
今回は新年最初の記事らしく、抱負について書いてみます。

昨年は(というより、これまでは)、気になった商品を片っ端から買っては売り飛ばすという、あまり生産性のない経済活動をしていました。気になる商品があればとりあえず買ってみる、気にいらなければフリマアプリで売る。毎日のように商品が届き、届いたのと同じダンボールで知らない誰かの元へ旅立っていきました。

衝動買いです。ネットの記事で気になったら調べもせずに即買いする。これは紛うことなき衝動買いです。
だけど無駄遣いではない、そう思っていました。買うかどうかで悩む時間がもったいない、悩むなら買ってから悩めばいい。自分なりの合理がそこにはありました。

けれど、どれだけ買って売ってを繰り返しても満足できる商品にたどりつけません。たとえ購入直後は満足できたとしても、しばらくすると不満点が目につくようになり、他の商品が魅力的に見えてきます。これはどうしたものか。※※※万円を使った頃、ようやく自分が買い物沼にはまっているのだと自覚しました。

登山に例えるとわかりやすいでしょうか。
たとえば今日、身近な山に登ったとします。身近な山とはいえ、山頂からの眺めは絶景です。苦労して登って良かった、そう思います。
しばらくすると眺めの中に、ひときわ美しい稜線を見つけます。あの山は何というのだろう?調べてみると名のある山だということがわかりました。今度はあの山に登りたい。そう思ったあなたは翌週にはその山の登頂を果たします。頂上からの眺めはやはり素晴らしく〜あの山は?名のある山らしい、今度登ろう、登った、頂上から、あの山は?ナノアルヤマ、コンドノボロウ、ノボッタ、アノヤマハ。

商品やサービスは、「悩みや問題の解決」という「必要」で買うものです。これには例外がないと考えています。
私の買い物には「より良くしたい」という理由があるようにみえます。しかし「より良くしたい」という悩みや問題があり、解決の必要がある、というのはおかしな話です。「より良く」には終りがありません。永遠に解決しないことを悩みや問題とし扱うのは不毛であり、そこを論点とするのは間違っています。

ならば、これまでの私にどんな必要があったというのでしょう。買い物を繰り返す裏側には、どんな悩みや問題が隠されているのか。
自問自答の末、たどり着いた結論は……暇。そう、「暇」です。結局のところ私は「暇つぶし」のために買って売ってを繰り返していたのでしょう。
暇だからネットの記事にうつつを抜かし、暇だから買ってみて、暇だから売っているのです。暇の解決として買って売ってを繰り返している。我ながら反論の余地が見つかりません。そうか、暇だったか。

暇つぶしのための買い物ですから、買って売ってを繰り返しても満足できなかったのは当然です。買い物をして暇をつぶすことが目的になってしまっているのですから。本来はソリューションであるはずの買い物がエンターテイメントになっていた。結局のところ「より良く」というのは建前にすぎず、本音は暇で暇で仕方がないというシンプルな理由でした。

「より良く」から「必要」へ

今年は(というより、これからは)これを抱負として、暇な時間を有意義なことに使っていきたいと思います。

本年もよろしくお願いします。